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東京地方裁判所 昭和52年(行ウ)68号 判決 1978年2月14日

原告 宮川淑 ほか五名

被告 運輸大臣 ほか一名

訴訟代理人 仙田富士夫 齊藤明 土谷明

主文

原告らの訴えをいずれも却下する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告ら

1  被告運輸大臣は、新東京国際空港の供用開始期日の告示をしてはならない。

2  被告東京陸運局長は、訴外京成電鉄株式会社の新東京国際空港関連列車運行表の認可をしてはならない。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

二  被告ら

(本案前)

主文と同旨

(本案)

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  東京都心から千葉県内を通つて新東京国際空港(以下「新空港」という。)に至る主要道路は、東関東自動車道と接続する京葉道路と国道一四号線の二本であるが、これらの道路の自動車通行量は現状においても極度に多く、既に過飽和状態にある。まして新空港が開港されるならば、これら道路の交通事情はいつそう悪化し、両道路とも破滅状態に陥ることは衆目の一致するところである。また、訴外京成電鉄株式会社(以下、「京成電鉄」という。)は、新空港、上野間の電車の運行本数を現行の一三二本(勝田台駅通過数)から一八三本に増発することを計画しており、運行本数は未確定であるとしてもダイヤの過密化は必至である。

2  ところで、市川市内の道路で、京成電車の踏切遮断、国道一四号線の交通渋滞の影響を受け現状において既に著しい交通渋滞が生じている県道としては、県道市川・松戸線(京成バス市川-松戸線)、県道市川・鎌ケ谷停車場線(京成バス市川-国分高校操車場線)、県道市川・柏線(京成バス本八幡-高塚・大町線)の三本がある。

県道市川・松戸線についていえば、市川橋付近での国道一四号線の混雑のため、毎日の通勤、通学時に住民を運ぶ京成バスは市川駅を目前にして一ないし二キロメートルの交通渋滞にまき込まれて遅々として動かない状況にあるし、同様に、県道市川・鎌ケ谷停車場線も国道一四号線の混雑に加え京成電車の踏切遮断のために、特に午前七時三〇分から同九時までの間は、三・六キロメートルのバスの運行に五〇ないし六〇分の時間を要する状況であり、また県道市川・柏線も六〇分につき約三〇分の京成電鉄軌道の踏切遮断及び国道一四号線との交差点における右折左折の困難性のために、三キロメートルのバスの運行に三〇ないし六二分を要するという交通渋滞を呈している。

3  このように、現状においても京成電鉄の踏切遮断と国道一四号線の交通渋滞は、それらと交差する道路の利用につき極度にその効率を低下させており、仮に新空港の開港が強行されるならば、それに伴う国道一四号線の自動車通行量の激増及び京成電車のダイヤ過密化によりこれらの道路は機能麻痺に陥り、それら道路に日常生活を依存している原告ら市川、松戸市民の生活は、潰滅的打撃を受けることとなるのである。例えば、右のような道路の機能麻痺の結果、県道市川・柏線上のバスを日々の通勤手段として利用している原告宮川、同氏家、同坂本は、その勤労生活を破壊され、また、市川市内循環線のバスを頻繁に利用している原告中村は、その市民生活の維持が困難となるし、さらに、市川市議会議員として市内各地で活動している原告村瀬、同小岩井は、議員としての活動を阻害されるというような種々の生活上の不利益が生ずるのである。

また、踏切道の立体交差化及び構造の改良に関する省令(昭和三七年運輸・建設省令第一号)によれば、踏切道改良促進法により立体交差化を実施すべきものとして指定を行う踏切道の交通量の基準として、昭和五〇年度末における一日当たりの踏切交通遮断量(当該踏切道における自動車の一日当たりの交通量に一日当たりの踏切遮断時間を乗じた値)が一〇、〇〇〇台時以上と認められるものとされているところ、原告らが日常極めて頻繁に通過している県道市川・柏線上の八幡一号踏切の場合には、京成電鉄の資料によると右交通遮断量は五〇、三六一台時であつて右基準値をはるかに超えている。そして、市川市の調査では、右踏切の通過電車一本当たりの平均遮断時間は一分一九秒であるから、これに予想される空港線の増便数五一本を乗ずると、遮断時間増は一時間七分九秒となるが、同踏切の自動車交通量八、九九三台をこれに乗じて交通遮断量を算出すると、約一〇、〇六四台時となり、右増便分だけで立体化の指定を行うべき基準値を超えることとなる。このように交通遮断量の数値に照らしても、右踏切の場合、京成電車の運行本数の大幅増加によつて道路利用上の支障が著しく激化することが明らかである。

4  したがつて、仮に新空港に公共性があるとしても、原告らを含む市川、松戸市民が現に享受している生活上の利益もまたそれに優るとも劣らぬ公共の利益であり、その決定的破壊をもたらすこととなる請求の趣旨記載の航空法五六条、四六条に基づく被告運輸大臣(以下「被告大臣」という。)の告示(以下、「本件告示」という。)及び地方鉄道法二二条、同法施行規則四〇条に基づく被告東京陸運局長(以下「被告局長」という。)の認可(以下、「本件認可」という。)は、いずれも違法であるから、その差止めを求める。

二  被告らの本案前の主張

1  新空港の供用開始の期日に関する運輸大臣の告示は、航空法五六条によつて準用される同法四六条の規定に基づいてなされるものであるが、同条は空港公団から運輸大臣に対し、新空港の供用開始の期日の届出がなされた場合には、運輸大臣において、その名称、位置、設備の概要、供用開始期日等を告示しなければならないと定めている(航空法施行規則九〇条一項参照)のであつて、右の場合においては、運輸大臣は、告示をすることを右四六条の規定により覊束されているのであり、これをするかしないかの自由を有するものではなく、しかも右告示は、不特定多数の者に対し、新空港の名称等を周知させる目的をもついわゆる「お知らせ」(通知行為)にすぎないのであつて、何ら原告らの権利義務に直接の影響を及ぼすものではない(なお、仮に右の告示がなされなかつたとしても、そのことのゆえに新空港の供用開始ができないものではない(航空法四二条三項及び四項参照)。

したがつて、裁判所が、空港公団の届出があるのに、前記航空法四六条の規定に反して同条の告示をしないことを運輸大臣に対して命じ得る余地はなく、また本件告示はいわゆる行政処分ではない上、後記3ないし5のとおり、原告らにおいて右の旨を命ずる趣旨の判決を求めるについて原告適格、訴えの利益を有しないものであるとともに、右趣旨の判決を求める訴えはいわゆる事件の成熟性を欠くものとしていずれにしても被告大臣に対する本件訴えが不適法であることは明白である。

2  新空港の供用開始に伴い、京成電鉄が列車運転度数の変更(原告らのいう「列車運行表」の改訂)を行うに当たつて、被告局長の認可を必要とすることはもちろんであるが、現在のところ京成電鉄から同局長に対する右の変更の認可申請はなされておらず、また同社の変更後の運転時分、平均速度及び最高速度等に関する計画内容も未だ確たるものではなく、これに対する認可がなされるか否かももとより未定であり、原告らの請求の趣旨自体を見ても、被告局長の京成電鉄に対する認可なるものが特定されているとはいいがたいのである。

したがつて、被告局長に対して、京成電鉄の右認可申請につき認可処分をしてはならないことを命ずるよう求める原告らの本訴請求は、その特定性を欠くものであるとともに、後記3ないし5のとおり原告らには原告適格、訴えの利益がなく、また右趣旨の判決を求める訴えが争いの成熟性を欠くことは明らかであるから、いずれにしても原告らの被告局長に対する本件訴えは不適法である。

3  原告らが本件訴えをもつて本件告示あるいは本件認可のいわゆる差止めを求めるについては、原告らが、本件告示及び本件認可によつて、原告らの有する法律上の権利・利益(法律の保護する権利・利益)を侵害されるおそれがある場合(単なる主観的、抽象的な危ぐ、懸念があるというだけでは足りず、個別的、具体的、現実的なおそれのある場合でなければならないことはいうまでもない。)でなければならない。しかしながら、原告らが主張する日常生活上の利益は、単なる事実上、経済上の反射的利益にすぎず、したがつてそれが侵害されるおそれを理由として行政処分の差止めを求めるにつき、原告らは原告適格又は訴えの利益を有しない。

すなわち、国民一般がバス輸送を利用して、これから便益を享受することは、バス輸送事業が営まれてバス輸送という交通手段ないしサービスが国民一般に提供されることに伴つて生ずる事実上、経済上の反射的な利益にすぎず、また道路が開設されて国民一般の利用に供されることにより、国民がこの利用によつて享受する便益もまた、公物である道路を、その主体である国、都、道、府、県その他の地方公共団体において公共用公物として維持管理していることによつて生ずる事実上、経済上の反射的利益であつて、そのいずれについても、これを法律の保護する権利・利益すなわち法律上の利益であると解すべき根拠に乏しく、まして、原告らに対してのみ、当該バスあるいは当該バスの走行する路線の設定されている道路を、何らの渋滞もなく使用する権利・利益を、他の国民あるいは住民一般と区別して、個別、具体的な権利・利益として法律が特に付与し、これを保護しているものと解すべきいわれはないものといわなければならない。(なお、いわゆる主観主義の立場から行政争訟制度を営為することとしている現行行政事件訴訟法等のもとにおいては、法律によつて保護されている自己の権利・利益の侵害にかかわりのないあるいはこれと一般公衆の有する権利・利益とを区別し得ない国民一般の権利・利益あるいは公共の利益の侵害を理由として争訟を提起し得ない建前であることはいうまでもない。)

4  また、本件においては、新東京国際空港公団の供用開始期日の届出も、京成電鉄の認可申請も、いずれもまだなされていない段階なのであるが、このような段階における本訴を認めることは、抽象的な規範統制訴訟を認めるのと実質的に異ならないこととなるのであつて、本訴は争訟の成熟性、具体的事件性を欠くものとして、現行行政事件訴訟法上、到底承認され得ないものというべきである。

5  そればかりでなく、抗告訴訟を中心とする我が行政事件訴訟法のもとにおいて、本件のような特殊な形態のいわゆる予防的な事前の行政訴訟の提起が許されるためには、少なくとも行政庁の一次的判断を重視する必要がなく、しかも国民の権利・利益を行政権の違法な行使による侵害から守るために事前の司法審査が必要不可欠な特別の場合、例えば、当該行政庁においてその処分をなす権限を有しないことが行政庁の一次的な判断をまつまでもなく明白であり、しかも右行政庁が、その有しないことの明らかな権限を、有するものとして行使して処分をすることが差し迫つているため、事前に裁判所の判断を求めるのでなければ国民の権利救済が全うされず、回復しがたい損害を避ける緊急の必要性が肯認されるような極めて例外の場合でなければならないのはいうまでもない。

しかるに、本件においては、本件告示が行政処分であり、かつ、原告らが、本訴における原告適格、訴えの利益を有する等の点が肯定されるとしても、原告らの主張をもつてしては、運輸大臣のなした前記の告示についてその取消しを求め、あるいは東京陸運局長のなした本件認可についてその取消しを求める行政訴訟を提起する等して事後に救済を求めていたのでは、原告らがその権利の救済を全うできず、回復しがたい損害を避けるための緊急の必要があることを首肯できないことが明らかであるから、原告らの被告大臣及び被告局長に対する本件訴えがいずれも不適法として却下されるべきは明らかといわなければならない。

三  請求原因に対する認否

1  請求原因1は争う。ただし、東京都心から千葉県内を通つて新空港に至る主要道路が京葉道路と国道一四号線の二本であること、京成電鉄が新空港の開港時には電車を増発することを計画していることは認める。

2  同2は争う。ただし、市川市内に原告ら主張の三本の千葉県道が設けられていることは認める。

3  同3、4は争う。

四  本案前の主張に対する原告らの反論

1  被告らは、新空港の供用開始期日の告示は、航空法四六条により覊束されているから、裁判所が右告示をしないよう命じ得る余地はない旨主張するが、このように行政庁の当該行為が覊束されていて自由裁量性がない場合にこそ、予防的訴訟が許されるというべきである。

2  また、右告示は抗告訴訟の対象たる行政処分に当たると解すべきである。すなわち、訴外新東京国際空港公団は、航空法に基づき設立され、同法に基づき特許された公企業であるが、設立と同時に全面的に営業の自由が回復したのではない。同法四六条に基づき、新空港の名称、位置、設備の概要あるいは供用の開始期日等、あるいは同法施行規則一〇六条に基づき、航空保安無線施設の供用開始の期日等の告示、あるいは同規則一二四条に基づき、航空燈火の供用開始期日等の告示という具合に、開業するまでの重要な営業準備行為は届出そして告示と段階を踏んでなされるが、この法定手続を、航空法等の警察法体系の理念・趣旨に照らし総合的に条理解釈すると、告示により、一般的に禁止されていた営業の自由の範囲が定まり、漸次的に営業の自由が回復するのである。被告が主張するように、明文の規定がないからといつて、法的効果が形成されないというわけではない。

したがつて、新空港の供用開始期日の告示は、多数者に対する通知行為という性格を有している反面、右営業の自由の範囲の確定と回復という法律的効果をも有する行為であるから、抗告訴訟の対象たる行政処分である。

3  次に、被告局長の本件認可の特定性については、確かに、認可後の運転時分、平均速度、最高速度等に関し細部の点で未だ計画内容が決定されていないとしても、少なくともスカイライナーだけで上下合計四〇ないし五四本の運転は確実とされており、このように最低限四〇本の列車増発のあることが特定されている以上、差止請求の要件を満たしているということができる。

4  原告らが本件告示及び認可の差止めを求めるについて原告適格を有する理由は次のとおりである。

生産の場と家計の場が遠隔の地に分離されている近代の都市住民、勤労者にとつては、交通の円滑と安全は生存と生活に不可欠であつて、原告らが交通手段を利用することによつて得ている生活上の利益は、憲法二五条の保障する生存権の概念要素でもあり、また憲法二七条で保障されている勤労権の重要な内包部分でもある。そして、踏切道改良促進法、踏切道の立体交差化及び構造の改良に関する省令、鉄道高架事業調査要網(建設省都市局街路課作成)等によれば、踏切道の立体交差化の指定を行うに当たり、踏切を通過する歩行者や二輪車の交通渋滞による損失分を金銭に換算して評価することとされており、歩行者等の交通の安全と円滑は実定法上保護されているのであつて、このような便益は、当然、バスの利用者についても保護されているものである。したがつて、原告らの享受している交通の安全、円滑の利益は、被告らが主張するような利用者一般に間接的に保護されている抽象的利益ではなく、個別的、具体的な法律上の利益なのである。

また、原告らの一部は、京成電鉄とのバス定期券や回数券による運送契約を締結しているが、その契約内容のなかには運送時刻表どおりに運送することを請求する債権が含まれているところ、右債権が実体法上の個別的、具体的な権利であることはいうまでもなく、本件告示及び認可が右権利を侵害することは明らかである。

5  被告らは、本訴の事件としての成熟性を否定しているが、新空港開港の時期については昭和五二年中あるいは昭和五二年度中といわれ、既に開港寸前の切迫した段階に到達しているのであるから、事件は正に成熟しきつているというべきである。

6  被告らは、本件においては処分後の取消訴訟によつては救済し得ない特段の事情が存しない旨主張するが、本件告示及び認可がなされれば、空港の諸施設、諸機関は一斉に始動し、世界各国の航空機は乗入れを開始し、京成電車空港線も運転を開始することとなるのであつて、事後において、これらすべての原状回復を求めるのは非現実的に過ぎ、むしろ、右各処分のされる前に、その差止めを求め、開港を延期することの方が適切であり現実的であるというべきである。

第三証拠関係 <省略>

理由

一  被告大臣に対する訴えについて

原告らは被告大臣に対し本件告示をしてはならない旨求めるものであるところ、このような行政庁に対し特定の行為の禁止を求める訴訟が行政事件訴訟法上の抗告訴訟の一態様として認められるかどうかについては議論の存するところであるが、この点はさておくとしても、かかる訴訟が抗告訴訟として許されるためには、少なくとも、当該不作為の対象とされる行為が、行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為、すなわち当該行為によつて国民の法律上の地位ないし権利関係に直接何らかの影響を与えるような性質のものでなければならないというべきである。

そこで、本件告示が抗告訴訟の対象たる行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為かどうかについて検討する。

航空法五六条、四二条、四六条、同法施行規則九〇条によれば、新東京国際空港公団はその設置した新空港の完成検査に合格した後、遅滞なく使用開始期日を定めて、これを運輸大臣に届け出なければならず、その届出があつたときは、運輸大臣は、飛行場の名称、位置、設備の概要、供用開始期日等の事項を告示しなければならないこととされ、また、右空港公団は運輸大臣に届け出た供用開始期日以後でなければ、当該飛行場を供用してはならないこととされている。このように運輸大臣のする本件告示は、新東京国際空港公団が予め定めた供用開始期日及びその他の事項を公示するだけのものであつて、届け出た供用開始期日以後であれば、たとえ本件告示がなされていなくても、右空港公団が新空港の供用を開始し得ることは法律上明らかであり、また、関係法令を調査しても本件告示によつて何らかの法的効果が生ずると解すべき根拠はないことからみても、右告示は、飛行場が国民一般の利用に供される性質のものであることに照らし、その利用の便宜を考慮して、飛行場の名称、位置、供用開始期日等を国民に対し周知させることを目的としてされる単なる通知行為にすぎないというべきであつて、これによつて国民の権利義務等に格別の影響を及ぼすものではないと解するのが相当である。

なお、原告らは、本件告示は新東京国際空港公団の営業の自由の範囲の確定と回復という法的効果を持つものである旨主張するが、本件告示についてそのように解すべき法令上の根拠はないばかりか、既に述べたように、右空港公団は、仮に本件告示がされないとしても、届け出た供用開始期日以後においては、新空港の供用を開始し得るのであつて、本件告示が原告ら主張のような性質を有するものであるとは到底解し難い。

そうすると、本件告示は、行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為とはいえず、抗告訴訟の対象とはならないものというべきであるから、その差止めを求める原告らの被告大臣に対する訴えは、その余の点について判断するまでもなく不適法といわざるを得ない。

二  被告局長に対する訴えについて

原告らの被告局長に対する訴えもまた行政庁に対し特定の行為の禁止を求める訴訟である点において、被告大臣に対する訴えと同様にその許否が問題となるが、その点はさておき、まず、原告らの原告適格の有無について検討する。

本件認可の差止めを求めるについて原告らが法律上の利益を有するかどうかは、結局、本件認可によつて侵害されると主張する原告らの権利、利益が、個別的、具体的な権利、利益として法律上保護されているといえるかどうかに帰着するところ、原告らが主張する道路交通の円滑等による日常生活上の利益は、単なる事実上の利益にすぎず、本件認可の根拠となつた行政法規すなわち地方鉄道法二二条によつて個別的、具体的に保護されている利益とはいい難い。

すなわち、地方鉄道法二二条、同法施行規則四〇条、四一条によれば、地方鉄道業者が旅客列車等の運転速度、度数を定め、又はこれを変更するときは、陸運局長の認可を得なければならず、陸運局長は公益上必要があると認めるときは運転度数等の変更を命ずることができる旨定められているが、このように地方鉄道における列車の運転度数等の制定、変更を陸運局長の認可にかからせているのは、それが列車の接続等の便宜、運送の安全等不特定多数の一般公衆の利便及び安全に影響するところが大きいなど公共の利益に密接な関連を有するからであつて、特定個人の個別的、具体的な利益を保護する趣旨ではなく、ましてや原告らの主張するような踏切遮断による交通の円滑等の阻害を受けないという生活上の利益を保護するものではないというべきである。

原告らは、踏切道改良促進法等によれば、踏切道の立体交差化の指定を行うに当たり、踏切通過者の利益等を考慮すべきこととされており、歩行者等の交通の安全と円滑は実定法上保護された利益である旨主張するが、仮に同法等においてそのように解することができるとしても、そのことの故に、当然に、地方鉄道法二二条に基づく本件認可についても個別的、具体的な利益として保護されていることになるものではなく、地方鉄道法においてかかる日常生活上の利益が個別的、具体的な利益として保護されていないことは既に述べたとおりであつて、原告らの右主張をもつて本訴における原告らの原告適格を基礎づけることはできない。

また、原告らは、本件認可によつて原告らの一部が京成電鉄との間で締結しているバス定期券等による運送契約上の債権(運送時刻表どおりに運送することを請求する債権)が侵害されることを理由にその差止めを求める原告適格がある旨主張する。しかしながら、仮に、原告らの一部がその主張にかかる内容の債権を有しているとしても、陸運局長のする本件認可は、列車等の運転速度、度数の制定、変更についてされる処分であつて、その法的効果として原告らに対しその主張するような債権を剥奪ないし制限することを内容とする性質の処分ではなく、したがつて、本件認可によつて原告らの右債権そのものが侵害されるということがないことはいうまでもないし、また、仮に本件認可によりその主張にかかる債権の満足を図ることが事実上困難になり、ひいては原告らの契約上の利益が阻害されるとしても、原告らのそのような契約上の利益が、地方鉄道法上個別的、具体的な利益として保護されていると解すべき根拠はないから、原告らの右主張は理由がない。

以上のとおりであつて、原告らは本件認可の差止めを求めるにつき法律上の利益を有していないから、原告らの被告局長に対する訴えは、その余の点について判断するまでもなく、原告適格を欠く不適法な訴えといわざるを得ない。

三  よつて、原告らの本件訴えはいずれも不適法であるからこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 山下薫 佐藤久夫 三輪和雄)

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